日経メディカル(2016年8月25日)
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/eye/201608/547970.html
7月末から中央社会保険医療協議会で、抗癌剤ニボルマブ(商品名オプジーボ)に端を発した高額薬剤問題への対応に関する論議が始まった。「ん?」「なぜそうなるかな」。筆者は傍聴席で首を傾げることもしばしば。それだけ思わぬ展開を見せているからだ。
高騰する薬代が将来の医療保険財政を圧迫しかねないことから、厚生労働省は7月27日の中医協総会に、薬価制度の見直しや、高額薬剤の適正使用の推進に向けた公的なガイドライン(指針)づくりを急ぐ考えを提示。その後、具体的な検討を進める中医協・薬価専門部会を8月24日に開き、当面の対応として、ニボルマブについて、次回2018年度の薬価改定を待たずに緊急的に価格を引き下げる「期中改定」を提案した。
厚労省は見直しの対象とする薬剤を、2015年10月~16年3月に効能の追加が行われた医薬品で、2016年度の市場規模が当初予測の10倍を超え、かつ1000億円を超えるものと規定。この特例措置については、年末までに結論を出し来春にも実施したい考えだ。
もともと中医協の場で、こうしたルールにない期中での改定を持ちかけていたのは、日本医師会出身の委員。今年4月、5月の中医協では、ニボルマブに関し、「発売当初は希少癌を対象として高額な薬価が設定され、後に対象患者が大幅に拡大されたにもかかわらず高薬価が維持されているのはアンフェア」などと舌鋒鋭く批判し、「直ちに薬価を修正すべき」と強く訴えていた。
となれば、上記の厚労省提案については当然、諸手を挙げて賛成だろうと思いきや、実際は違った。従来の主張から一転、期中改定に否定的な見解を示すようになったのだ。
「期中改定は医療機関経営への影響もあり、慎重な検討が必要である」(7月27日の中医協総会)、「期中改定ありきで議論を進めるべきではない」(8月24日の薬価専門部会)──。こんな風に発言がトーンダウンした。
“翻意”の背景には、「薬価を修正して下げるなら、浮いた財源を診療報酬に回すべき」との思惑がある。消費増税が先送りされるなど、医療費の財源確保には厳しさが増している。政府は2016~18年度の社会保障費の伸びを1兆5000億円に抑える方針で、大きな制度改正のない17年度については年平均5000億円程度の抑制分をどう捻出するかが大きな課題。ニボルマブの薬価引き下げはその目玉となり得るものだ。つまり、2018年度改定を待たずにニボルマブの薬価が下がれば、その財源は全て国庫に入る可能性が極めて高い。そこで、日医としては、慌てて前言を撤回する策に打って出たといえる。
7月27日の中医協総会では、日医出身委員ははっきりこうも述べた。「薬価の引き下げ分が診療報酬本体のプラス財源に充てられることが担保されれば期中改定は認められるが、そうでない場合、期中改定は慎重に検討する必要がある」。
これは、裏を返せば、「診療報酬に回さないなら、薬は高いままでいい」とも受け取れる発言で、厚労省は頭を悩ませてしまっている。8月24日の薬価専門部会後には、四病院団体協議会(四病協)も期中改定には慎重な姿勢であることを表明。こうなってくると、期中改定が行われるのかどうかは、今のところ、全く読めないのが実態だ。
薬価引き下げ財源を診療報酬財源に充てるのは不当?
問題の解決に向けて鍵を握るのが、薬価引き下げ財源の行方であるのは間違いない。ただ、議論が紛糾するのは明らかだ。薬価引き下げ財源は一体誰のものなのかということに関して、関係者間の思惑はすれ違っているからだ。
日医は一貫して「薬価引き下げ分は診療報酬本体の引き上げ財源に充当されてしかるべき」との立場。その論拠は、薬価改定財源は1972年の中医協の「建議」以来、診療報酬へ振り替えられてきた経緯があり、歴代の大臣や首相もそのやり方自体を否定してこなかったというものだ。
だが、国の財政を担う財務省の見解は全く違う。薬価引き下げ分と診療報酬本体の改定は切り離して考えており、薬価基準の引き下げは「払い過ぎであった給付価格の当然の”時点修正”にすぎない」というのが基本的考え。そのため、それを財源として、診療報酬本体に使い回すのは「明らかに不当」とみなしている。
では厚労省はどうか。同省は、「薬価差益を含め薬剤に掛かる収入は医療機関の経営原資の1つとなっていて、薬価引き下げ分を全く医療機関に戻さないままでは、医療機関にマイナスの影響がある」ととらえている。
確かに、薬価差益を含め薬剤に掛かる収入は、医師や看護師などスタッフの人件費、建物や設備の改修費、機器の購入費などにも充てられている実態がある。医療機関で購入している薬価の引き下げ分を診療報酬本体の改定財源に充てなければ、こうした人件費や改修費などに充てる財源を単純に取り上げることになってしまう。その意味で、厚労省の言い分には一理ある。
だが、薬価差益に関していえば、薬価改定で薬の価格が下がった後は、そこからまた値引きして売られることにもなるため、新たな薬価差益が生じる。従って、全ての薬価改定財源を診療報酬改定財源に戻すべきとまでは言い切れないのも事実である。
結局のところ、薬価引き下げの診療報酬本体への振り替えについては、様々な見方が存在していて、結論が出ないまま不毛な議論が続いている。こうした状況に終止符を打つには、薬価の引き下げが医療機関の経営面にどれだけ影響を及ぼすかを実態調査などで明らかにした上で、その分を保障し得るだけの診療報酬本体に関する適正な評価を進める。そして、以後は薬価改定と診療報酬本体の改定については連動させない、といったことが考えられる。早急に対策が進むことを切に願うばかりだ。