「足が上がらない」。東京都江戸川区の吉仲勇さん(65)が体の異変に気づいたのは平成27年秋のことだった。左官として15歳から脚立やはしごを上り下りしてきた。60代になってからも身軽さは若いころとまったく変わらず、左手に鏝(こて)板、右手に鏝という仕事のスタイルを続けてきた。それがいつの間にかおぼつかなくなっていた。各種検査を終えての結果は「ステージ4の肺がん」。すでに骨などへの転移も認められ、手術不可能な段階に進行していた。従来なら一定の効果が証明されている「標準治療」では打つ手がなくなったということになり、緩和ケアを勧められるところだったが、救いの手がさしのべられた。免疫チェックポイント阻害剤「オプジーボ」(一般名ニボルマブ)だ。厚生労働省が27年12月にオプジーボの適用範囲を拡大、「切除不能な進行・再発の肺がん」に対しても治療薬と承認していた。吉仲さんが投与を受け始めたのは28年9月。適用が遅れていたらすでに命を落としていたかもしれなかった。治療に28年度にかかった総医療費は2千万円を超えた。ただ、吉仲さんの出費は1カ月あたり約8万円程度に抑えられた。国民健康保険に加え、自己負担が上限を超えた場合には所得に応じて払い戻される高額療養費制度を併用したおかげだった。吉仲さんは「こんなにたくさん医療費がかかってしまって、申し訳ない気持ちもしているんです」と話す。
米ハーバード大大学院のイチロー・カワチ教授(公衆衛生)は吉仲さんが受けた最新の治療や制度上の優遇について「医療先進国の欧米でも難しい。今の日本でなければ実現できなかったかもしれない」と語る。その一方で「新薬の効果は喜ばしいことだが、高額だ。費用対効果という観点も大切になる」と指摘し、医療の在り方に及ぼす影響に警鐘を鳴らす。
米国の医療保険について「米国では『松・竹・梅』というふうに保険料が異なる。その額によって、オプジーボのような高額医療が受けられるかどうか決まることが多い」と話す。 英国は日本と同じ皆保険制度ながら、様相を異にする。国立医療技術評価機構(NICE)がコストをにらみながら推奨する医薬品を定めるしくみだが、例えばオプジーボは肺がんのファーストライン(1次治療)にはリストアップされていない。
吉仲勇さんがオプジーボを打ち始めてから1年後。29年9月の検査結果を見て、がん研有明病院の主治医、西川晋吾医師から「よかったですね。がんが小さくなっています」と言葉をかけられた。「いつ死んでもおかしくない」という悲壮な覚悟から解放された瞬間だった。吉仲さんは同薬の適用に間に合っただけでなく、同様の患者の中でもこの薬が効く2割のグループに入っていたことが投薬後に分かった。いくつもの幸運が重なっていた。
吉仲さんは昨秋から左官の仕事を再開した。高額療養費制度で恩恵を受ける側から、収入を得て納税する側に復帰したことも吉永さんの気持ちを明るくしている。命を救うために高額な薬を使える環境が整えば整うほど、財源の問題に行きあたる。薬価を抑えれば新薬の開発意欲を下げかねない。
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産経ニュース 2018.1.5
http://www.sankei.com/life/news/180105/lif1801050004-n1.html
オプジーボが保険適用になったことにより、命が救われた方もいらっしゃると思います。ただ、この高額な薬剤が保険適用されたということで、今後について、高額な医療を保険制度でどこまでカバーすべきか、国家・国民が選択を迫られることが増えてくるようになると思います。今後も難しい選択をせまられるようになるかと思います。