放射線医学研究所 http://www.nirs.go.jp/information/press/2013/01_31.shtml
本研究成果のポイント
- 世界で初めて、かむ動作が注意ネットワーク賦活テスト中に与える影響をfMRIによる画像化に成功した
- 機能温存がん治療の有用性を示唆
放射線医学総合研究所(米倉義晴理事長)重粒子医科学センター融合治療診断研究プログラム 応用診断研究(MRI)チーム(小畠隆行チームリーダー)の平野好幸客員協力研究員らと、神奈川歯科大学の小野塚実教授(当時)らのグループは共同研究により、かむ動作を行うことで、注意に関する脳内ネットワークが賦活されることにより、認知※2課題の応答速度の改善が引き起こされていることが示唆されました。
心理学の分野で、かむことによる注意や判断などの認知機能の変動や持続への影響の有無について研究されていますが、そのメカニズムについては解明されていませんでした。同研究グループはかむことが脳にもたらす影響を解明するために、17名の被験者に、かむ動作の前後で、合図や妨害を受けながら目の前の矢印の方向を答える「注意ネットワーク賦活テスト」を行い、その際の脳活動の変化を、脳の血流量などを画像化するfMRIを用いて、それぞれ1回ずつ、計測しました。
その結果、かむ動作は注意ネットワーク賦活テストの回答時間を短縮させるとともに、前帯状回※3と左前頭前皮質※4などの注意に関わる領域の活動を増強させることがわかりました。これは、かむ動作により注意力が高まり、判断速度が向上していることを示唆するものです。このようにかむ動作が注意ネットワーク賦活テスト中に与える影響をfMRIで画像化に成功したのは世界でも初めてのことです。本成果によって、かむ動作が認知機能に影響を与えるしくみを解明することが期待されます。また、頭頸部のがんにおいて、かむ機能を温存できる重粒子線※5がん治療などの非侵襲的な治療の大切さを示す成果でもあります。
本研究成果は平成25年1月29日に米科学誌Brain and Cognitionオンライン版に掲載されました。
研究の背景と目的
以前より、ものをかむ動作と、人の記憶、注意、実行機能などの認知機能との関連性を、心理学的手法を用いて調べる研究が行われてきました。
近年、ものをかむ動作はこれらの認知機能の成績の改善をもたらすということが明らかとなってきました※6。しかし、そのメカニズムは、初期の局所脳血流やグルコース運搬の増加の仮説から、近年のかむ運動による交感神経系や網様体※7賦活系による覚醒レベル(刺激に対する応答性のレベル)の上昇、気分や不安水準の変化による覚醒レベルの上昇といった仮説まで、いろいろと提唱されていますが、依然として不明のままです。そこで、本研究では、多くの統一された研究報告がある「かむ動作が注意の向上と認知課題の実行速度を増加する」という現象について、そのメカニズムを解明するために脳活動部位の変化を調べました。
研究手法と結果
脳の活動部位を画像化するfMRIは一般の脳診断に広く活用しているMRI装置よりも高磁場(3テスラ※8)の装置を使い、17名のボランティアに注意に関する脳内ネットワークを賦活する検査を行い脳の活動を計測しました。
具体的には、数秒から十数秒の間隔をおいてスクリーンに映る矢印の左右を当てる検査で、もうすぐ映るという合図の有無や、矢印の左右の判別を難しくする別の矢印(妨害)の有無により、注意に関する脳内ネットワークを賦活することができる検査です(図1)。この検査中の脳活動の差をかむ動作を伴う場合と伴わない場合で比較しました。
その結果、かむ動作を伴う場合は、妨害の有無と合図の有無の全ての組み合わせで応答速度の平均値が下がっていました。このうち、「妨害なし、合図あり」、「妨害あり、合図なし」では、かむ動作を伴う場合とかむ動作を伴わない場合とで有意な差(p<0.05)がありました(図2)。
また、テスト中、fMRIの結果から前帯状回や左前頭前皮質(左上前頭回と左中前頭回)などの注意に関わる領域の活動を増強させることも分かりました(図3)。
以上の実験結果から、かむ動作により注意ネットワークが賦活されることで、判断速度が向上し、注意力が高まっていることが示唆されました。このようにかむ動作が注意ネットワーク賦活テスト中に与える影響をfMRIで画像化に成功したのは世界で初めてのことです。
本研究成果と今後の展望
今回の研究により、かむ動作が認知課題時の成績に影響を与える仕組みがfMRIにより分かりました。この成果は、かむ機能の重要性を示すとともに、かむ機能を温存させる必要性を示しています。頭頸部のがんにおいて、手術を行うとかむ機能が温存できない場合がありますが、このような観点からすれば、かむことのような機能を温存させる治療法が強く望まれます。「切らずに治す」重粒子線治療は、頭頸部のがんにおいて、このような機能を温存させる治療法として期待されます。放医研では、今後も重粒子線の特長を活かした治療に役立てられる研究を行いたいと考えています。
また、今後は、かむ動作が気分(mood)によい影響を与えるという他の研究報告もあることから、不安障害や、健康不安を抱くがんを患っている方々のQOL向上に役立てることが可能か調べる計画です。
>>>かむ事の重要性を世間に広く認知していく必要があります