毎日新聞 http://mainichi.jp/area/nara/news/20121123ddlk29040603000c.html
◇ガイドに医師たちの思い
一冊のガイドに医師たちの思いがつまっていた。
虐待から一人でも多くの子供を救いたい。そのためには、「虐待」と診断すべき方法を示すだけでなく、被害の実態を赤裸々にするしかない。収められた数十枚のカラー写真は、その悲惨さを雄弁に語っていた。
首を絞められた跡、カッターナイフで肩から腰まで切られた傷、赤くじくじくとしたやけど、全身に広がるうみと湿疹(しっしん)。多くが児童で、生後間もないとみられる赤ちゃんの写真もあった。
掲載されたのは、県発行の医師用「児童虐待防止ビジュアルガイド」。中心となって昨年3月、作成したのは十数人の医師。勤務医だけでなく、開業医も参加した。領域は小児科、救急、法医学、脳神経外科など幅広い。
医療機関が診療を通じて虐待を知る機会は少なくない。しかし、県内の児童相談所への通告は昨年度、全体の約2%。多くの医師は関心が低く、虐待を疑っても通報をためらっている現実が浮かぶ。このガイドはその意識改革も狙った。
◇事故か否かの診断、難しいケースも
「虐待の本当の悲惨さを知っていますか」。作成メンバーの1人で、県立医科大付属病院(橿原市)の小児科医、嶋緑倫さん(58)は、記者に問いかけた。
「ガイドの写真を見ると、抵抗ができない子供を相手に、『これが人間のやることか』と思うほどひどい」。一方で、虐待か否か、診断するのが難しいケースも経験している。
3、4年前、救急搬送されて来た生後数カ月の赤ちゃん。頭蓋骨の内部に出血を起こしていた。両親は「落ちた」と説明したが、落ちてできたものとは思えなかった。
「医者としてこれは児童相談所に通報(通告)しないといけません」。はっきり伝え、通告した。その後、どうなったのか。
両親は現在、歩くことも話すこともできない重度の障害が残った女児を献身的に介護している。結局、「落ちた」のは虐待だったのか、事故だったのか。今でも分からない。
県立医科大付属病院は今年4月、研修医を対象に児童虐待の講習を初めて行った。ガイドを配布し、たばこを押しつけられるなどした子供の写真をスライドで紹介。痛ましさに、顔を背ける研修医もいた。法医学と小児科の医師が講師を務め、早期発見の大切さを訴えた。来年度も行う予定で、担当者は「医療の最前線に出る研修医に、虐待が実際にどんなものなのか知ってもらいたい」と話す。
◇未処置の虫歯、重要なサイン
「虐待は、口の中を見れば分かる」
橿原市の歯科医、打谷美香さん(48)は、今春の歯科健診で、ある小学生の歯を診て驚いた。ほとんどが虫歯。前年のデータを見ると、状況は同じで、治療した形跡はなかった。異常なストレスがかかって、虫歯を防ぐ唾液がでていない可能性があり、親が治療をさせていないことは明らかだった。カルテにネグレクト(育児放棄)の疑いと書き込んだ。
親などから不適切な扱いを受けていると思われる多くの子供を診てきた。「泣いている子はもっといる。守ってあげたい」。今年2月に県が発行した歯科医用「児童虐待予防マニュアル」の作成にかかわった。
打谷さんら歯科医の有志が、虐待のため一時保護された県内の2〜18歳の子供108人について、歯の診療状況を調べたところ、一般に比べ、未処置の虫歯の本数と所有率が高い傾向が分かった。虫歯は虐待の重要なサインだった。
昨年から、児童養護施設や乳児院で歯ブラシの使い方を教えるなどのボランティアを始めた。「子供とかかわるすべての人が虐待についての意識を高めてほしい」。一児の母親の思いでもあった。【岡奈津希】